さよならは突然に…父の他界 死に目に立ち会えないって珍しいことでもなく、案外誰にでもあることかも

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実は1月初旬に、突然父親が他界した。風呂場でのヒートショックが引き金と思われる脳血栓で、この3月で74歳になるはずだった。

認知症のママのショートステイにみんなが慣れてきたし、今年は今まで大変だった父を楽にさせてあげたいな〜もっと話聞いてあげられるな〜と思ってた矢先。

去年の大晦日に実家に帰ったとき、家の中がえらく整頓されていて「キレイになったやろ?今年は、年末の大掃除頑張ってん!」なんて笑っていたのにね。

実は、死亡推定時刻の数時間前、私は元気な父と電話で喋ってるんです。

その日まで、父は知人のお葬式のために地元(車で数時間)へ帰省していて。2泊して大阪へ帰ってきたあとに「帰ったから~」と私に報告の電話をくれていた(いつも泊りの時は出発と帰宅の電話をくれる人だった)。

「カニいっぱい食べて、よ~呑んで幸せやったわ~。」言うて。「良かったやん、年始早々からええなぁ!」と話した。ただ、「何かえらい疲れたわ。肩がえらい痛いんやけど、シートベルトしてたからかなぁ。こんなしんどいん、初めてやわ~」と最後に言っていて、「これからは電車のほうがいいかもね。はよ寝て、よう休んどき~。今週、ケアマネさん来るんやろ?行くわな~。また電話するわ~。」と返した。

ママが認知症になってから、電話といえば相談や愚痴やらの話ばかりだったけど、「久々に二人とも穏やかにゆっくり話できたわ~」と私が電話切った後に旦那に言ったくらい、ほんとなんだか穏やかな会話だった。

それが、最後。
二人ともこれが最後の会話とは知らずに。

思えばこの一年くらい、父は色々片づけてた。
ほんと最期まで家族思いの父親だったんやなぁ〜としみじみ思う。呑兵衛でギャンブル好きで、色々困らされたこともあったけれど、ママが認知症になってからというもの、大変だったと思う。私達に迷惑かけないように、でも時には弱音吐きながら。ほんと、やっとママの状態に慣れてきて、自由で安心できる時間が増えてきたのに。おかげで、ママも露頭に迷うことなく、ショートステイから特養入居にすんなり移行できそう。

団地も来週退去。
生前に色々話してたこともあって、2ヶ月程で全て完了かな。意外にきれい好きな父だから、きれいさっぱりで褒めてくれるでしょう。

ありがとう。あなたの娘であることを誇りに思います。引き際まで「何でも、段取りが大事や!(口ぐせ)」の父でした。

父と私

ほんま、この写真は私と父をよく映してる。
父にとって、何でも自分で決めて何をやってるかわかんない危なっかしい娘だったと思うけれど、それを後ろから見てるっていうね。

オール5取ってみせても「お~、ほんまか~」と低い声で言うてただけやけど、中卒の父にとって「いやぁ、びっくりして、塾でも行かせたほうがいいんか、何かしたほうがええんか~、ってほんまうれしいよりどうしようやったわ!」やってんて。結局、とりたててどうしろこうしろ言われることもなく、私が決めようとしてることに協力してくれた。それがかえって、ありがたかったわ。

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