北米の東海岸にイギリスの植民地が形成されてきたのが17世紀初めのこと。1641年にイギリス領マサチューセッツで奴隷制度が合法化されてから18世紀頃にかけて「三角貿易」が盛んになって、アフリカから到着する黒人奴隷を北部の貿易商が購入して、南部のプランターへ売る…といった奴隷売買の図式が確立されていったのですね。

…そんな16~17世紀頃の北アメリカの状況については↓を
ここで一旦、アメリカ合衆国の誕生の背景を…
イギリスが北米に植民地を形成後、本国の税収を増やして財政再建を図ろうと、植民地に対する課税を強化するなどして植民地が不利になる手段を次々と講じていくねん。
次第に植民地には「もうたまらん!」とイギリスに対する反発心が高まってきた。1773年1月に東インド会社のイギリス船を襲ってお茶を海に捨てるといった「ボストン茶会事件」に至るまで、イギリス政府に反する事件が次々起こったという。

ほんで独立を求める植民地の人々とイギリス軍が衝突して独立戦争に発展してん

独立戦争の詳細は、ここでは端折るけども…
1776年7月4日にトーマス・ジェファーソンが中心となり起草した「独立宣言」が採択された。1783年9月に締結されたパリ条約で、イギリスは北アメリカ13植民地の独立を承認。13植民地は正式にイギリスから独立して、各植民地が州に編成された「アメリカ合衆国」が誕生!

日本は江戸時代…天明の大飢饉が発生したんが18世紀後半やねんてな

一方、北米での奴隷制度は…独立戦争~アメリカ合衆国の誕生までの間に黒人奴隷は増加。1787年制定のアメリカ合衆国憲法で「1808年には奴隷貿易は禁止とする」とされたものの、1861年から始まり1865年に終結する南北戦争までは奴隷制度自体が廃止されることはなかったんよね。

アメリカ合衆国の「独立宣言」でも「平等」の中に黒人奴隷と原住民インディアンは含まれてへんし、「合衆国憲法」でも奴隷制度は廃止されることはなかったんやもんな

19世紀中頃には北部では貿易や工業が発達して、黒人も奴隷ではない労働力となって経済発展していこう!な雰囲気やったけど、南部は依然として黒人はプランテーションに必要な「奴隷」で、19世紀後半に入って南北戦争が終わっても続くわけですわ

南北戦争については、映画「GLORY (邦題: グローリー 1989年公開)」観てな
北米での黒人奴隷の数は、1710~20年代に6~8万人だったのが、1790年代にはその10倍くらいに膨れ上がったという。その90%程が南部に集中している。イギリスは18世紀に最も多くの黒人奴隷をアフリカから大西洋を経由して運んだそうな。また、奴隷貿易で増えただけでなく、黒人奴隷が家族を形成して子どもを産むので、黒人奴隷の数が急激に増えていったわけですね。

せやけど、プランテーション全盛期のアメリカ南部では、アフリカから「密輸」された黒人奴隷が過酷な労働を強いられてたって話やん
アメリカ合衆国誕生後には、アメリカ国内の紡績工場も増えてきた。そうすると国内市場にも綿製品が出回って需要が高まってきて、綿花プランテーションの黒人奴隷が労働力としてさらに酷使されていく。
あと、綿花栽培を続けるには、新たに土地を開拓していくことが必要やったみたい。綿花プランテーションで成果を上げてアメリカ合衆国は西へ西へと拡大していくほど、黒人奴隷は南部にとって必要不可欠…という状態が続く。
リンカーン大統領による「奴隷解放宣言」が1863年に出され、1865年に南北戦争が終結。建前上は奴隷制は廃止されたものの、黒人奴隷も解放されたところで、みんな北部にいったら仕事がある~なんてわけない。結局、南部に戻りプランテーションの労働力として、奴隷制廃止前と同様か、白人プランターの小作人(プランターから農地を借りて、収穫物の何割かを地代や賃料として納める)となる他ないのが現状やったみたい。
小作人になっても、綿花以外はつくられへんとか、結局は白人プランターの言いなりになるしかないわけで…

そのへんは、映画「Queen(邦題:クイーン 1993年TV)」観てみて!
アフリカからアメリカに最後に着いた奴隷船は、「Clotilda(クロティルダ)」号で1860年と言われている。

ただでさえ大西洋の航海は命がけな時代に、どれだけの船がアメリカに着くことができたんやろね…




