ママが入院 はじめて褥瘡(じょくそう)見てビビる

ママが入院 はじめて 褥瘡 (じょくそう)見てビビる

尾骶骨付近の 褥瘡 がひどくて、3月下旬に入院することになったママ。
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ママの身元引受人の役割を全て弟に任しているから、弟は自分で必要だと感じた時に、私に連絡を入れてくれる。

入院する1か月前くらいの2月。ママが車椅子生活になってから少ししてくらいだろうか。弟から「特養から床ずれができてきたので通院させます~って電話あったわ~。」と連絡があった。今回だけでなく、ママがコケて怪我したとき、体調が悪い時も病院に連れて行ってくれるので、私達は本当にありがたく思っている。

褥瘡は思ってたよりひどかった

実は、弟も私ももう40代後半だけれど、まだ褥瘡を見たことがなかった。
二人ともネットで予習をしたけど、「まさか、ここまでは・・・」と思ってた「まさか」のパターンのやつ。弟が送ってくれた写真でもしっかりわかるくらい、ゴルフボールくらいの大きさとはいえ・・割と酷いもので。

実際見た弟は「ほんま、あそこまでとは」と言ってた。広がってはないけど、深くえぐれてしまっていて脊髄まで穴が開いてるような状態。先生が指を突っ込んで薬を塗るのを見て、「もうやめてあげて~」と思ったという弟。尾てい骨のすぐ上くらいで、車椅子の背もたれにずっと当たってる箇所があるんだろう・・・自分ではなかなか体勢を変えられないだろうからね。

黒色壊死している部分を除去しながら、何とか手術せずに治癒していくそう。恐らく1か月くらいかかるのかな。現代は褥瘡の治療法やドレッシング材も、傷口の種類や深さに応じて色々あるとはいえ、これから治ってもまた同じところにできて・・・を繰り返していくんだろう。でも必要な時に通院して、それでもダメなら入院できるといった体制を取ってもらえているのは、ありがたいよね。今は入院するのも手続きだけ。他に何も持っていく必要もない・・・もちろん、費用はかかっているんだろうけど。自分達で介護していたら、病院はどこ行けばいいんだろうとか、オロオロしていたかもしれないし。

最近はすぐネットで情報も拾えるし、便利なものも沢山あるけどね。

特養の選び方に間違いはなかったと思えた

実は、特養を転居しようかと思ったことがあった。

今の特養はショートステイからお世話になっている。父が亡くなった後すぐにロングショートで入居と変わらない扱いをしてくれて、半年後に入居できた。そのロングショートの期間にフロア違いの別部屋に移動させられることになって、移動したフロアがほぼ寝たきりの人ばかりの階で少々暗かったことと、父の姿がいつまで経っても現れない寂しさもあったのか(面会時に父のことを言うことは1回しかなかったけど)一気に認知症が悪化した・・・というか、表情が乏しくなってきていた。

それで、もう少しアクティビティが多いところのほうがいいかな~と、もう少し雰囲気が良くてこじんまりした地域型特養を見つけて、特養とも相談して弟と見学・相談に行ったんです。手続きに必要な健康診断などを済ませて受入OKがでたので、転居させようかどうか、きょうだい二人で悩みました。転居するのをやめた主な理由は、「施設では通院させることができない」と言われたのと、提携病院が頼りないところのようだった点。

今の特養は提携病院が多いのか、ロングショートの間でも、適切な病院に通院させてくれていた。おやつ、歌、習字や塗り絵の時間や、ヘアカット、洗濯も、施設で十分対応してもらってるし、ママだけでなく父のことも私達のことも知ってもらっている。何か大事があった時に、右往左往することなく対応できる環境は、私達にとってありがたいし結局はママにとっても良いことなんだと思う。ただ、1つだけわがまま言わせてもらって、「お願いだから部屋を元のフロアに戻してあげて下さい。」と頼んだ。元のフロアに戻ってからは、明るい表情を見せてくれることも多くなった。

でも、コロナのせいで面会できなくなったからね・・・それでも、その間に治療が必要な時は、施設が通院させてくれてたようで、本当にありがたいことだと思う。

今回、入院時には手続きなどで引受人である弟が病院に行く必要があったものの、ママは施設の担当医さんと施設ケアマネさんが連れてきてくれたとのこと。検査が多くて午後まで続いたけど、すんなり入院できて弟も安心してママに付き添うことができたって。

驚いたこと

私は去年の11月にタイミング良くママと面会できたけど、弟はオンライン面会だけだったので、ママに実際に会うのは約2年振りだっただろうか。

この日のママは、弟が居たほとんどの時間、私が面会した時と同様に意識あるのかないのかという感じだったそう。言葉を発しても「うーあー、もごもご」みたいな状態で。

ただ、今回ママは、弟の目を一瞬だけどハッキリ見て「元気?」と言ったんだって!あと、ママがベッドで横たわっている間、弟が「大丈夫~?痛くないか~?」とか言いながらさすってあげてたら、ママは一言だけど「大丈夫」ってハッキリ言ったそう。

弟は「誰かわかってないのかもしれへんけど、びっくりしたわ!」って言ってたけど、弟も私もママの意識を感じれてうれしい。コロナ禍となる少し前からママはハッキリ話すことが出来る時間が短くなっていて、私達のこともわかってるのかわかってないのかという状態だった。キチンと会えなかったこの2年間で、私達が忘れられてもおかしくない。忘れられていてもこちらは平気。それより、誰だかわかんなくっても、自分から言葉を発する力や意識があるってわかるだけでも私達はうれしい。

子にとって、親が「生かされている」状態であってほしくない。出来る限り、1日の少しの時間でもいいから、自ら生きていてほしいんだよね。

家族のカタチもそれぞれ、介護も人それぞれ

たまにドキュメンタリー映画やTVなどで、「認知症の親を楽しく介護」的に取り上げてるのを見るけれど、ほとんどがそんなに甘いものじゃないと思うんだよね。包丁持って向かってきたり、家の前で叫んだり、警察のお世話になることもあるし、近所にも迷惑をかけるし・・・世間に放送できるような絵は撮れないことのほうが多いはず。

父が亡くなってから、恐らく弟もだと思うけど、ママに対してできるだけのことをしたいとは思っている。私達が直接介護できてないことに対して、ママは悲しいのかな、不満なんだろうか?といった罪悪感に苛まれることもある。

ただ、うちは父もママも、子供に介護されたいと言ったことは一度もない。どちらかというと面倒かけたくないと思っていてくれた。自分のオムツ姿を子供に見せたくないという、変なプライドもあったと思う。子にとって、そう感じられる親を持ったことは、本当に救いというか恵まれているんだろうなと思っている。

家族の姿はひとそれぞれ。
親に付きっきりで介護して、仮にそれで辛くっても幸せな家族のカタチもあるんだろう。でも、現代の「老い」は昔とは違って、子だけで背負えるものじゃないと思うんだよね。「身体は生かされている」ような老いってあるんだよ。寝たきりになっても、「生きること」はできる時代なんだから。

だからこそ、「老いてまで働くより年金もらおうぜ」なんて思わないで、「一生現役」でいきたいものです。

あと、介護従事者にはもっと高待遇を!
もっと介護職のステイタスを上げて!

ママが入院 はじめて褥瘡(じょくそう)見てビビる
写真はおそらく、私が生まれてすぐの桜の季節だろうか。抱かれてるのが、2月生まれの私。もう49年程前のこと。


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