ママとの面会:コロナ禍のNew Normalを感じつつ

ママとの面会:コロナ禍のNew Normalを感じつつ

先月、緊急事態宣言が解除されたのものあって、そろそろママ(認知症、要介護5)に面会できるかな~と特養に連絡してみた。施設との定期的な連絡・必要な差入れは、弟の方が施設に近いので毎月やってくれている。

>> ママは認知症

そして、ちょうど11月から事前予約制で時間限定の面会を始めようということが決定し、11月に入ったら順次連絡するところだったとのこと。その電話で予約を受け付けてくれた。

そして1年10か月ぶりに面会。
施設のエントランスの一角でパーテーション越しに約10分間だけの面会だけれど、「少しはいいですよ~」と施設の方が柔軟に対応してくれた。

ちょうどランチ後の眠たい時間でずっとうとうとしていて、会話はできず。一瞬、目が合ったときに、誰か目の前にいることがわかったのか、自分の子がいるということがわかったのか、どちらかわからないけれど、表情をゆるっと変えて何かを言いかけていた。けど、一瞬でまたうとうと。

会えるまで私自身がもっと悲愴なイメージをしてしまっていて、もう歩けなくて車椅子で降りてくるやろなぁと思っていた。そしたら、施設スタッフの方に支えられながら歩いてこちらに来たじゃないか!正直、ヨボヨボになってしまったなぁと思う反面、自分で歩こうと思えてるんやったら良いかな・・・と私は思えた。弟が見たらショッキングかもしれないけど。

というか、性別で判断するのはアレだけれど、私の旦那も含め、うちの家族の男性陣に限るのかもしれないが、男性は現実的なマイナスイメージってあまり見たくないのかな~って感じさせられることが多い。

というのも、うちの旦那は、ママが入所している特養に入ったことがない。ここ3年ほど、ママに会っていないし。最後に彼がママに会ったのは、3年ほど前の父のお通夜かな。彼自身の祖父母のお見舞いで、介護施設やお年寄りの多い病棟に何度か行ったけれど、あの雰囲気はどうもイヤらしい。

弟と他界した父は、施設に対して苦手意識はないけれど、ママが老いていく姿や変わっていく姿に対して、すごく辛そう。もちろん私も辛いんだけれど、受け入れるしかないことだもんね。もっと何かできること、してあげたほうがいいことがあるのかな・・・とは度々思うけれど、それ以上何もしてあげられないし。ママに会ったときに、精一杯のことを表現してあげれればいいと思っている。

はっきりいって、ママのお世話は私一人ではできない。仮に私が面倒を見たとして、ママを一人にしなきゃならない時間が絶対でてくる。今は沢山の人に囲まれて、食事の心配もなく、たまに私や弟に会えたらいいじゃないか。このコロナ禍で、要介護な老夫婦の暮らしや一人暮らしの生活をTVニュースの映像を見ることがあるけれど、辛いもん。

だいたい徒歩圏内で事足りる生活をしているので、久々に1時間程度の距離、電車とバス乗り継いで出かけた。乗継で天王寺を通ったのだけれど、キタやミナミほど広くないコンパクトな場所なので、余計に人がうじゃうじゃいる気がした。

特に学生が多いターミナルだから、若い子たちが楽しそうに友達とショッピングやお茶しているのを見ながら歩いていると、New Normalが再起動した印象を受けた。学生時代のこの経験って、すごいインパクトだろうな・・・なんて感じながら。普段、サラリーマンの街で生きているので、学生さんたちのわちゃわちゃ感に出くわすことがないからかな。勤労者たちのごちゃごちゃ感とはまた違うのよ。

ママとの面会:コロナ禍のNew Normalを感じつつ

写真は、父が他界して団地を退去した時に見つけた写真。
おそらく1960年代後半、ママが結婚する前の写真だろう。今、ママに尋ねてももう答えは返ってこないけれど。

ママとの面会:コロナ禍のNew Normalを感じつつ


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